2018.12.06

人事は魔法使い。プロ人事坪谷邦生さんが考える個人の時代の人事論とは?

「そろそろ独立のタイミング?!」
「今の時代に合った働き方で、自分の人事のスキルをいかしたい」

人事職を長年経験してきて、このようにお考えの方もいらっしゃるのではないでしょうか? でも独立してうまくいくかどうかも分からないし、そもそも人事の領域でどのように仕事を広げていけばいいか具体的にイメージすることは難しいですよね。

ということで今回は、これまで数多くの企業で人事制度をつくりあげ、かつご自身も人事企画室を立ち上げた経験を持つ、坪谷邦生さんにインタビュー。これからの時代に求められる人事の姿についてとことん話をうかがってきました。


坪谷 邦生
さん
人事コンサルタント・株式会社アカツキ 人材マネジメントパートナー

新卒でIT企業にエンジニアとして入社。無理なプロジェクトを目の前に疲弊していく仲間たちを見て「技術でこの現状は変えられない」と、人事へ異動。経営陣へ人事課題を提案する中で「経営の視界」が不足していることに気づき、中小企業診断士の資格を取得する。そしてさらに自身の人事領域の幅を広げるため株式会社リクルートマネジメントソリューションズに入社。人事コンサルタントとして、50社以上の人事制度構築・組織活性化の経験を積む。再度企業人事側で企画に挑戦しようと株式会社アカツキに参画し人事企画室WIZを立ち上げる。2018年に独立し、人事コンサルタントとしての活動を再開する。

主な著作:『人材マネジメントの壺』シリーズ
ブログ: 壺中天

(執筆・編集:クリス / 取材:CODEAL愛宕

いい人事の条件は、「ともに潜る」を楽しめるかどうか!?


これまで坪谷さんは企業人事と人事コンサルタントという、企業の内部と外部から人事の仕事に携わられてきたと思います。それぞれの立場で人事としてのスタンスや行動は違うものなのでしょうか?


全然違いますね! 例えるなら、企業人事が「両親」で、外部の人事コンサルタントが「祖父母」くらい違います。


両親と祖父母?


例えば子どもが高熱を出して痙れんしていたとしますよね。その時にお父さんとお母さんって、病院に連れて行ったり救急車を呼んだりして、四の五の言わず動くじゃないですか? その行動次第で子どもの命が左右されちゃうわけですから。これがおじいちゃんとおばあちゃんだと、両親が病院に行っている間にほかの子どもをあずかったり、留守番をしてあげたり、資金面で援助したりなどのあらゆる方法で、「第3者」として両親を支えてくれますよね。


意思決定をし行動する主体者が企業人事で、主体者の背中を押すのが第3者が人事コンサルタントといった感じですかね?


その通りです! 企業人事と人事コンサルタントをする場合、主体者と客観性をもった第3者という、2つの人格の使い分けが必要だと思います。また客観性を持った人格の時は特に注意が必要だとも思っていて。主体者である企業は、さまざまな葛藤を抱えていますよね? それを理解しようともせずに「普通はこうですけどね」といった人事の一般論を振りかざしても、相手に響くわけがありません。きっとそんなコンサルタントは企業に求められていないと思いますね。


確かに、会社って人事だけじゃなくて、色んな役割を果たしている人の視点で成り立っているのに、そこをまったく見ようとせず、人事の視点でだけモノを言えば、他の役割を果たしている人からは嫌がられますね…。特に経営者からは…。


いろんな立場の想像ができて、その上で「私は人事の主体者としてこう思います」という姿勢がある人が、いい人事だと思います。要は対話ができるかどうか。一方的に「伝える」というよりも、「ともに潜る」という姿勢が人事には必要だと思っています。そしてその際に必要なのが、「なぜそれが必要なのか」というコミュニケーションのゴールを設定する中間物です。


中間物というと?


例えば今回のインタビューでは、愛宕さんが事前に複数の質問を考えてくれていましたよね? その質問を考えるときに、僕の別のインタビュー記事やブログを読まれたのではないでしょうか? その記事やブログが対話を生むための中間物なんです。あとはアカツキの事例でいうなら、「昌平君」というワードも中間物だったと思います。


昌平君? 『キングダム』の? 僕キングダム大好きなんですよね。


そうです! そもそも「昌平君」を使うようになったのは、若手社員から受けた相談がきっかけで。1つのゲームプロジェクトを任された新卒2年目の子に喫煙所で、「マネジメントって何ですか?」と聞かれたんですよ。そこから週1の面談をして、彼の疑問を一緒に解消していったんです。この経験から、彼のような勢いのある若手を「将軍」、そして人事を軍師、つまり「昌平君」に見立て、人事による直接支援をしていこうと動き始めました。当時社内で『キングダム』がはやっていたこともあり、「昌平君をやります」と宣言したら、結構ウケて(笑)。多くのリーダーから、直接支援の依頼が来るようになりましたね。ちなみに僕はその当時『キングダム』を読んだことがなかったので、漫画喫茶で全巻読んで、昌平君への理解を深めました(笑)。それと今は、「昌平君」ではなく「魔法使い」という表現にしています。


漫喫で昌平君への理解を深めている坪谷さんを想像したら、ちょっとおもしろかったです(笑)。しかし、そのような中間物を考えるのも結構大変ですよね。はまらないこともあるのでは?


はまらないことの方が多いくらいですよ(笑)。でも中間物は相互理解のためのひとつのたたき台なので、ともに潜り新たな解を導き出すことを楽しめたらいいんじゃないかなと思います。このプロセスを、経営陣やリーダーとメンバーの間でできるようにするのが「いい人事」、経営陣と人事の間でできるようにするのが「いい人事コンサルタント」なんです。もしもこのプロセスを楽しめないようであれば、中間物に「なぜそれが必要なのか」という必然性が足りない証拠なので、見直せばいいだけですしね。

人事を磨き上げたという自信と発信が、コンサルタントとしての自分を支えてくれる

業務を見える化した「カンバンボード」も人事企画室の大切な中間物


たぶんこれから、坪谷さんのように人事コンサルタントとして独立を考えている人も今以上に増えてくると思うんです。数々の企業の人事課題をともに乗り越えてきた坪谷さんから見て、会社以外のフィールドでも活躍できる人事に求められる力は何だと思いますか?


経験と知識というベースがあることですね。とにかく人事という仕事が何かを体系的に知っていること、そして自分自身も実践してきていることが、人事コンサルタントとしては大切だと思います。でも人事の領域って、ちょっとかじっているだけで分かっている人のように見えるんですよね…(苦笑)。


経験と知識って、何をもってして「はっきり持てた」と言えるようになるんですか?


正直、ゴールはないですね。先日、ベテラン人事の方の対談があると聞いて僕も足を運んだんですが、「俺より上がまだいるぞ!」と痛感したくらいなので。だから僕自身も経験と知識が十分に身に付いたとは思っていません。でも実際に多くの企業でお役に立てるレベルにまでは達しているとは思っていて。結局は、経験と知識の習得も実績が全てあらわしてくれるんじゃないかなあと思っています。


ちなみにリクルート時代に50社以上のコンサルタントを経験されているじゃないですか? それだけ聞いたらもう十分な実績のように感じるのですが…。


僕は、リクルート時代にコンサルタントとして一流になるという目標を掲げていました。顧客の高い満足度を得るというラインは、割と初期に達成できたんですよ。お客様の評価も売り上げも上がったので。質と量は担保できたんだから、イケてるじゃんと思うじゃないですか? でもこの話をすると社内のベテランコンサルに怒られるんです(笑)。


え?坪谷さんは当時そんなに生意気な感じだったんですか?想像できないw


なんでこの人たちは俺を認めないんだと思ってましたね(笑)。そして、この人たちに自分を認めさせるにはどうしたらいいかを考えた時に、3つのハードルを設定したんです。そしてそのハードルをすべて越えたら次の道に進もうと。


1つ目のハードルはどのようなものだったんですか?


まずは外部からの評価ですね。コンサルタントって社内での評価がフラットで見えづらいんですよ。だから外部コンサルタント会社から引き抜きが来たら、1つクリアとしました。実際に引き抜きの話があって、当時の年収の2~3倍の額でオファーが来たので、1つ目のハードルを達成とみなしました。


達成した次は、どのようなハードルに挑んだのでしょうか?


2つ目は社内でのプレゼン大会で優勝することでした。これが結構大変で。というのもリクルートマネジメントソリューションズは研修の大手なので、研修ソリューションのナレッジプレゼンが1位を取るという歴史があって。これをひっくり返せば俺がイケてると証明できるんじゃないかと思って、7年くらい挑み続けました。その最後の年にゴールデングランプリを獲得したので、2つ目のハードルも達成できたんです。

そして最後のハードルは、社内で一番尊敬しているベテランコンサルタントに認めてもらうことでした。彼を越えようと心に決めていましたね。そんなある日、彼から「今の会社内のNo.1コンサルは、坪ちゃんだね」と言われて。師匠にお墨付きをもらったと思ったので、コンサルを卒業することにしました。


坪谷さんの話を聞いて、人事に限らず何かしらの分野でプロフェッショナルな人たちに共通するものがあるような気がします。「他の人がどうか?ではない、自分なりの高い基準値」がありますよね? 他と比較するんじゃなくて、自分の中で越えるべき壁を勝手に設定して、行動するというか。今回の3つのハードルも、要は「坪谷ルール」じゃないですか?

偉大なアーティストが十分に実績も結果も出しているけれど、自らが生み出した作品を超える作品を生み出すために決して前進することをやめないような感じに近いと個人的には思います。


そうですね(笑)。会社員時代は、このルールをいかに達成するかをモチベーションにしていました。でもリクルートマネジメントソリューションズでたくさん揉まれハードルを乗り越えた経験は、アカツキでのWIZの立ち上げや今のコンサルタントの仕事にもいきていると思っています。


2018年からコンサルタントの仕事を再開させた理由も教えてほしいです。


コンサルタントの仕事を再開させたのは、狙ってというよりもニーズがあったので、自然に形となったという感じです。
2017年4月から人材マネジメントを体系化し広めるために、ブログ書籍を書いたんですよね。すると、経営者や人事の方から勉強会をやって欲しいというお声がけをいただいたんです。なかば趣味で勉強会をやっていたのですが、彼らが直面している現実の課題は複雑にからみあっていて、その時だけではすべて解決できないことがわかって。その後も相談にのっているうちに、何社かと「じっくり一緒にやりましょうか」と気づけばコンサルティング業が再開していた、というわけです。


自身が培ってきた人事の経験を、きちんと中間物として発信したからこそ、コンサルタントとしても信頼が得られているんですね!


あるクライアントへの提案の際、初対面だった役員の方に書いた本を見せたとたん、その場で受注が決まりましたからね! コンサルタントとして50社以上の人事制度を作ってきた実績を話しても、中小企業診断士という資格をお伝えしてもいい反応がなかったのにもかかわらずですよ。それくらい、自分の知識や経験をアウトプットして、とことん磨き上げた『中間物』は大切なんですよ。

「意志を持った人事」を増やしたい


先ほど、「まだ上がいる」とおっしゃっていましたよね? そう思えるのっておそらく、この先にまだまだ人事という領域で切り開きたい社会があるからなのかなあと感じたのですが。


日本型の人事制度とプロフェッショナルが融合する方法を開拓していきたいと思っています。これまでの日本企業では、ずっと一社に所属することを前提とした人事制度が流通してきました。でもこれからの時代は、個として力を発揮する「プロフェッショナル」がますます活躍の場を広げると思っていて。だからこそ、プロフェッショナルも輝ける日本型の人事制度を考えていきたいと思っています。


めちゃくちゃ同感です!!! 僕も日本型の人事制度とプロフェッショナルの融合をサービスにしたらどうなるかと思ってコデアルを始めたといっても過言ではないので。このプロフェッショナルたちが輝ける人事制度を考えていきたいという想いは、坪谷さんがこれまでずっと考えてきた「個と組織をいかす」方法をさらに発展させるものになるのではないかと感じました。ちなみに人事領域で「個と組織の力をいかせたな」と判断するためには、どのような結果が必要だと思いますか?


「意志を持った人事」が増えることだと思っています。まだまだ少ないですけどね。


「意志を持った人事」を増やしていくには、どういうアクションが必要だと考えていますか?


意志は自ら持つものであって、周囲に作ってもらうものではありません。だからといってそう突き放してしまっても状況は改善されません。私は3つの方法があると思います。

1つ目は体現し「指し示す」こと。意志を持った人事とはこういうものだという前例に、自分自身がなることです。自分の実践によって「体現する」ということですね。

2つ目は目的を「問う」こと。その仕事をする意味について、顧客や会社、経営、社員、世の中、そして自分自身というさまざまな立場から、常に考え続けることが重要です。

3つ目は「スモールサクセス」を経験させることです。小さなステップを踏めるように仕事レベルを砕き、そのなかで意志をもって取り組んでもらえるようにします。上がった時にはきちんとそのことを教えて、階段を上った先に何があるかを見せることも大切ですね。

この階段・ハードルを自分でセットできる人は、勝手に上がっていけるんです。でも最初はそのセットの方法が分からない場合もあるから、会社としてその階段、いわゆる階層を用意しておくことも大切だと思います。

そして、その人に応じてその階段を取っ払ったり、より細かくしたりすることを日々の面談などでクリアにしていくと、意志を持って仕事に取り組んでいけるのではないでしょうか。きっとこれは、人事に限らず他の仕事にも共通して言えることだと思いますよ。


意志を持ちやすくするためのスモールステップを用意するだけでなく、その人に合った階段を常日頃から見極める「対話」が重要なんですね!
今日は貴重なお話、ありがとうございました。めちゃくちゃ楽しかったです!

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編集後記

一般的に人事というと、採用や制度づくりに携わる裏方のイメージがありました。しかしこれからの時代は、より深く一人ひとりと向き合い、あらゆる立場を理解した上で、人事としての自分に何ができるのかを考え実践できる人が求められているのではないでしょうか。そして独立するしないにかかわらず、きちんと目の前にいる相手と同じ目的に向かって何ができるのかを対話から生み出し続けられる人が、個人でも輝いていける人材になりえるのではないかと感じました。

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